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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3563号 判決

第一審原告

(昭和六〇年(ネ)第三五六三号事件控訴人、同第三五四六号、同第三五七七号事件被控訴人)

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

石川和博

外三名

第一審被告

(昭和六〇年(ネ)第三五七七号事件控訴人、同第三五六三号事件被控訴人)

森木満壽

第一審被告

(昭和六〇年(ネ)第三五四六号事件控訴人、同第三五六三号事件被控訴人)

山本重蔵

主文

一  原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。

二  第一審被告らは、第一審原告に対し、各自金二七七万四九〇六円及び内金二三三万二八〇一円に対する昭和五六年一一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一審被告らの各控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

五  本判決第二項は、仮に執行することができる。

六  原判決当事者の表示中「被告山本重義」とあるのを「被告山本重蔵」に更正する。

事実

第一審原告代理人は、当審において不当利得返還請求を取り下げ不法行為による損害賠償請求を減縮して「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告らは、第一審原告に対し各自金二七七万四九〇六円及び内金二三三万二八〇一円に対する昭和五六年一一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決及び第一審被告らの控訴を棄却する旨の判決を求めた。

第一審被告らは、いずれも「原判決中第一審被告ら敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決及び第一審原告の控訴を棄却する旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次の一、二を付加するほか原判決の事実摘示(不当利得返還請求に関する部分を除く。)(原判決中九丁裏四、五行目「関東財務部相模原出張所」を「関東財務局横浜財務部相模原出張所」に、一〇丁表七行目「本件土地」を「本件建物」に、一一丁表二行目「本件第一三回口頭弁論期日」を「本件第三一回口頭弁論期日」に改める。)と同一であるから、これを引用する。

一  主張

1  第一審原告

(一)  第一審被告らに対する損害賠償請求のうち時効にかかつた昭和四九年二月四日以前の土地借上料を含む使用料相当額一二万〇二三〇円及びこれに対する遅延損害金四万七六五六円計一六万七八八六円の請求を取り下げる。したがつて、第一審被告らに対する使用料(土地借上料を含む。)相当損害金及びこれに対する遅延損害金の請求額は、本判決の別表(二)1ないし3のとおりである。

(二)  昭和五五年度及び昭和五六年度の使用料相当の損害金算定関係について本判決別表(一)を追加する。同表における昭和五五年四月一日現在の復成価格は、同年三月一一日付け蔵理第九三六号「昭和五五年度において適用する建物及び工作物の復成価格について」通達により、同じく昭和五六年四月一日現在の復成価格は、同年三月七日付け蔵理第八三〇号「昭和五六年度において適用する建物及び工作物の復成価格について」通達によりそれぞれ求めたものである。

(三)  後記第一審被告らの主張はすべて争う。

2  第一審被告ら

(一)  本件建物は第一審原告が取り壊すことを決めていたから、建物としての価値はなく、第一審原告の使用収益権もなくなつた。したがつて、第一審被告らが本件建物を占有していても第一審原告の本件建物に対する使用収益権を侵害することにはならないから、第一審被告らは第一審原告に対し賃料相当損害金の賠償義務を負わない。

(二)  第一審原告は、昭和五一年一一月六日本件建物の入口及び周辺を封鎖し立入禁止としたため、第一審被告らは本件建物を使用することができなくなつたから、同日以後の賃料相当損害金は第一審被告らにおいて負担すべき義務はない。

(三)  第一審原告は故意に訴訟を遅延させ損害額を増大させたから、第一審被告らは訴訟遅延によつて生じた損害を負担すべきいわれはない。

二  証拠関係〈省略〉

理由

一当裁判所もまた、第一審原告所有の本件建物についての第一審被告森木との間の賃貸借契約は昭和四八年一〇月一五日をもつて有効に解除されたものであり、また同第一審被告に対し右解除の日までの未払賃料及びこれに対する各納入期限の翌日以降の遅延損害金の支払を求める第一審原告の請求は理由があるから正当であると判断する。その理由は、次のように訂正するほかは、原判決がその理由一から五まで(判決書一三丁表初行から二二丁裏九行目まで)に説示するところと同一であるから、その記録を引用する。

1  原判決理由一のうち判決書一三丁表三行目「昭和四一年三月三一日」を「昭和四三年三月三一日」に改め、同所末行「昭和四〇年四月一日」を削り、同丁裏四行目「一七万〇〇七九円」の下に「(以上の各貸付料額は、いずれも争いがない。)」を加え、同所七、八行目「期間満了後の賃料相当額の損害金額」を「同年四月一日以降の分について」に改める。

2  原判決理由二(判決書一三丁裏一〇行目から一四丁表四行目まで)を「二 原告が被告森木に対し、昭和四三年四月一日以降昭和四八年一〇月一五日までの賃料につき、別紙(一)記載のとおり納入告知したことは、昭和四七年五月二三日告知に係る分を除外すれば当事者間に争いがなく、公文書であつて真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証、第一〇号証及び第二二号証の一、二によれば、原告はいつたんは右五月二三日付けで一二〇万一四五〇円の納入告知をしたが、後に債権減額決定をしたので、結局右納入告知額は一〇八万二四九四円になつていることが認められる。」に改める。

3  原判決理由三のうち判決書一七丁裏三、四行目「前掲甲第二二号証の一」を「前掲甲第一一、第一二号証」に改め、同所八行目「一九万三九六八円に」の下に「、翌々年度において、同使用料が一九万五六二四円に、それぞれ」に改め、一八丁表四行目「原告が行つた」の下に「一二〇万一四五〇円の」を、同所九行目「その余の部分」の下に「一〇八万二四九四円」を加える。

4  原判決理由五のうち判決書一八丁裏六行目「原告が」の下に「右二五万円のうち三万〇九四一円を未払賃料に対する遅延損害金に充当した残額が九八万二三九一円になるとして」を加え、同所九行目「右確定判決に基づく未払い賃料」を「右九八万二三九一円」に、一九丁裏五行目「右告知」から同所九行目「意思表示」までを「右告知金額を前提として未払賃料額を算出し(この点は、前掲甲第一三号証及び成立に争いがない甲第六号証から認められる。)、これを催告した上でした解除の意思表示」に、二一丁表一〇行目「前掲証人清野」を「前掲証人細野」に改める。

二損害賠償請求について

1  〈証拠〉を総合すると、本件建物の賃貸借契約解除後も第一審被告森木は本件建物内に同人所有の机、椅子その他の家具類を、第一審被告山本も同建物内に一六ミリ映写機とその附属品を置いていること、そして第一審被告らは、第一審原告(関東財務局横浜財務部所管)の明渡要求にもかかわらず本件建物の払下げを企図し、新たに鍵を付け宿泊するなどしてかえつて占有権を主張していること及び本件建物は昭和五六年一一月一四日火災により焼失したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、第一審被告らは占有権原のないことを知りながら(故意)賃貸借契約解除後も第一審原告所有の本件建物を共同して不法に占有していることが認められるから、第一審被告らは賃貸借契約解除後本件建物の焼失に至るまでの間同建物を共同不法占有したことにより第一審原告に与えた損害を連帯して賠償すべき義務があるということができる。

2  そこでまず第一審被告らの負うべき損害賠償義務の範囲について判断する。

建物の賃貸借契約を解除された賃借人が当該建物を返還せず引き続きこれを占有するときは、建物所有者に対し不法行為を構成し、占有者が建物の使用によつて収益を挙げているか否かにかかわらず、その建物の賃料相当額を賠償すべきものとされている。

しかるところ、第一審被告らは、本件建物は取壊しが予定されているから建物としての価値はなく、第一審原告の使用収益権もなくなつたので、第一審被告らの占有は、第一審原告に対し賃料相当の損害を与えるものではないと主張する。しかしながら、右第一審被告らの主張は、第一審原告に賠償すべき損害を専ら得べかりし利益の喪失であるかのように誤解したもののごとくである。思うに、建物の不法占拠者がその所有者に賠償すべき損害とは、何よりもまず当該建物の有する使用価値それ自体が侵害されたことによる積極的損害でなければならず(そのほか、特別の事情によつて生じた損害については、その事情の予見可能性を条件として、これをも賠償させるべきである。)、取り壊す予定であつても建物としての価値は失つていないから、その使用価値の価額すなわち適正賃料相当額がその損害である。また、この損害の有無を判断する上においては、取壊予定建物であるがゆえに不法占拠であつても所有者に損害を与えないということは、およそ問題とはなり得ない。

よつて、第一審被告らの右主張は失当たるを免れない。

次に、第一審被告らは、第一審原告が昭和五一年一一月六日本件建物を封鎖し第一審被告らの使用を阻害したから同日以後の賃料相当の損害金を負担すべき義務はないと主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、第一審原告は、人が本件建物に自由に出入するのを防止するため、昭和五一年一月、本件建物の出入口及び窓の一部に板を打ち付けた上横浜財務部長の名をもつて立入禁止の札を掲げたことが認められる。しかしながら、第一審原告による右措置は、第一審被告らが本件建物内にその所有家具を存置し同建物を占有している状態には影響を与えないから、右措置後も第一審被告らは、なお第一審原告の本件建物に対する所有権の侵害を継続しているものというべきである。なお、ほかには第一審被告らが本件建物の占有を解いたことの主張、立証はない。

よつて、第一審原告による本件建物の封鎖以後賃料相当損害金の支払義務はないとする第一審被告らの主張は、採用することができない。

以上によれば、第一審被告らは第一審原告に対し賃貸借契約解除の翌日である昭和四八年一〇月一六日以降本件建物の焼失した昭和五六年一一月一四日までの間に第一審原告に与えた損害の賠償責任を負うべきところ、第一審原告は、昭和四九年二月四日以前の損害賠償債権は時効になつたとして、当審において右部分の請求を取り下げたので、結局第一審被告らは第一審原告に対し昭和四九年二月五日から昭和五六年一一月一四日までの建物使用料及び土地借上料(通常は両者を合わせて賃料とされている。)相当額の賠償請求に応ずべきものである。

3  次に損害額について判断する。

本件賃貸借契約においては、昭和四三年四月一日以降の賃料額は、第一審原告の定める貸付料算定基準による旨約定されていることはさきに認定したとおりであり(一部訂正して引用した原判決一三丁裏七、八行目、一五丁裏七ないし九行目)、右算定基準は、〈証拠〉を総合すると、原判決別紙(三)(その二丁裏三行目から三丁表初行までに掲げる復成価格についての通達に、本判決事実摘示中の第一審原告の主張(二)所掲の二つの通達を加える。)のとおりであることが認められ、特にこれを不合理として排除すべき事由はないから、契約当事者以外の単なる不法占有者に対する関係においても右算定基準を適用してしかるべきものと判断される。そこで、右基準によつて算定すると、昭和四九年二月五日から昭和五六年一一月一四日までの建物使用料相当額は本判決別表(二)2使用料相当額欄記載のとおり(合計額二二八万六五五五円)である。また、〈証拠〉によると、第一審原告は相模原市に対し昭和四九年二月五日から昭和五六年一一月一四日までの間に本件建物の敷地の借上料(賃料)として同表市有地借上料欄記載のとおり合計二八八万八九一五円を支払つていることが認められる(支払の明細は、原判決別紙(四)記載のとおりであるから、これを引用する。)から、土地借上料相当損害金は右と同額の二八八万八九一五円と認めるのが相当である。しかして右建物使用料相当損害金及び土地借上料相当損害金(合計額は五一七万五四七〇円。本判決別表(二)1及び2記載参照)に対する昭和四九年二月五日から昭和五六年一一月一四日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金は計八六万〇九五六円となること計数上明らかなところであつて、その明細は、本判決別表(二)3記載のとおりである。

したがつて、第一審被告らが第一審原告に対して支払うべき損害賠償額及び遅延損害金は、計六〇三万六四二六円及び内金五一七万五四七〇円に対する昭和五六年一一月一五日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員というべきである。

4  なお、第一審被告らは第一審原告が故意に訴訟を遅延させ損害を増大させたと主張するが、かかる事実を認めることのできる証拠はなく、右主張は採用の限りでない。

三以上によれば、第一審原告が第一審被告森木に対し未払賃料五八万九三七六円及び内金三八万一五一八円に対する昭和四八年七月二五日以降、内金二〇万七八五八円に対する同年一〇月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求、並びに第一審被告らに対し不法行為に基づく損害賠償金六〇三万六四二六円及び内金五一七万五四七〇円に対する昭和五六年一一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める請求はすべて理由がある。

四よつて、第一審原告の第一審被告ら各自に対する不法行為に基づく損害賠償請求の一部を棄却した原判決は相当でないからこの部分を取り消し、前示認容さるべき金額から原判決認容額を控除した二七七万四九〇六円及び内金二三三万二八〇一円に対する昭和五六年一一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求を認容することとし、第一審原告のその余の請求を認容した原判決は相当であつて第一審被告らの控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条及び第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、原判決の更正につき同法第一九四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官賀集 唱 裁判官安國種彦 裁判官伊藤 剛)

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